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【連載コラム:投資を変えた大事件 第4回】ブラックマンデーとは?一日で株価が急落した市場の連鎖

2026/07/23
連載

1987年10月19日、米国のダウ工業株30種平均は一日で22.6%下落しました。「ブラックマンデー」と呼ばれるこの暴落は、企業の倒産や戦争など、一つの明確な事件によって起きたものではありません。値上がりへの警戒、金利や為替をめぐる不安、コンピューターを利用した売買、市場の処理能力不足が重なり、売りが売りを呼ぶ連鎖へ発展しました。

今回は、世界の株式市場を短時間で揺らしたブラックマンデーの背景をたどり、不動産投資にも通じる「流動性」と「投資行動の偏り」のリスクを考えます。

ブラックマンデーは史上最大級の一日下落でした

ブラックマンデーとは、1987年10月19日に世界の株式市場で発生した同時株安を指します。ニューヨーク市場では、ダウ工業株30種平均が前週末から508ドル、率にして22.6%下落しました。下落率では現在も同指数の一日として最大です。

翌20日の東京市場にも混乱が波及し、日経平均株価は前日比3,836円48銭、14.90%下落しました。現在のようにインターネットを通じて個人が瞬時に取引する時代ではありませんでしたが、国際的な資金移動と市場の連動はすでに進んでいました。ブラックマンデーは、金融市場が世界規模で結び付いていることを強く印象付けた出来事です。

暴落の前には株価が急速に上昇していました

1987年前半の米国株式市場は好調でした。ダウ平均は同年初めから8月下旬までの約7カ月間に44%上昇し、企業の利益や景気に対して株価が先行しすぎているのではないかという警戒も生まれていました。

10月に入ると、米国の貿易赤字、ドル安、金利上昇への懸念などが投資家心理を揺らします。10月16日金曜日にはダウ平均が4.6%下落し、不安を抱えたまま週末を迎えました。

市場に悪材料が一つだけ現れたのではなく、「株価は高すぎるのではないか」「ドルはさらに下がるのではないか」「金利が上がれば企業価値は低下するのではないか」といった複数の不安が同時に強まりました。高値への確信が失われたことで、売却を急ぐ投資家が一気に増えたのです。

ポートフォリオ・インシュアランスが売りを増幅させました

ブラックマンデーを語るうえで欠かせないのが、「ポートフォリオ・インシュアランス」と呼ばれる運用手法です。これは、相場が下落した際に株価指数先物などを売り、資産全体の損失を抑えようとする仕組みです。

平常時であれば、一定のルールに従って保有リスクを減らす合理的な手法に見えます。しかし、多くの投資家が似たモデルを使い、同じタイミングで売却すると状況が変わります。株価下落を検知したシステムが先物を売り、その売りで価格がさらに下がると、追加の売却指示が出ます。

現物株と先物の価格差を利用する裁定取引も加わり、先物市場の下落が現物市場の売りへ伝わりました。コンピューターそのものが暴落を起こしたというより、同じ方向へ動く取引戦略が集中し、下落を加速させたと考える方が適切です。ポートフォリオ・インシュアランスは重要な増幅要因の一つですが、暴落の唯一の原因ではありません。

買い手が消えたことで価格が飛ぶように下がりました

市場では、売りたい人がいても、同じ価格で買いたい人がいなければ取引は成立しません。価格を大きく下げれば買い手が現れる可能性がありますが、暴落時には買い手も次の下落を恐れて注文を引っ込めます。

このように、資産を希望する価格ですぐに売買できない状態を「流動性が低い」と表現します。ブラックマンデーでは大量の売り注文に対して買い注文が不足し、価格が段階的ではなく、飛ぶように下落しました。

取引所や証券会社のシステムにも処理能力の限界がありました。注文や約定価格の表示が遅れ、投資家は現在の価格を正確につかめないまま取引することになります。情報の遅れが不安を強め、さらに注文が殺到する悪循環が生まれました。

10月20日には大量の注文によって市場全体が機能停止に近づき、決済機関や市場参加者への信用不安も高まりました。価格下落だけでなく、「取引や決済が正常に行われるのか」という不安にまで発展したのです。

暴落が大恐慌へ発展しなかった理由

1929年の株価暴落は、銀行破綻や信用収縮を通じて世界大恐慌へつながりました。一方、1987年のブラックマンデーは歴史的な下落率を記録したものの、同じ規模の長期不況や銀行危機には発展しませんでした。

大きな違いの一つが、中央銀行の対応です。米連邦準備制度理事会は、市場への流動性供給に応じる姿勢を明確にし、金融機関が必要な資金を確保できるよう支えました。日本銀行の資料によると、暴落翌日には緊急の連邦公開市場委員会が電話で開かれ、資金需要へ柔軟に対応する方針が確認されています。

株価下落を直接止めるというより、証券会社や銀行の資金決済が滞り、金融システム全体が連鎖的に機能不全へ陥るのを防ぐ対応でした。危機時には資産価格だけでなく、取引を成立させる資金と信用を維持することが重要だと示したのです。

取引を一時停止するサーキットブレーカーが整備されました

ブラックマンデー後には、市場の制度も見直されました。その代表例が「サーキットブレーカー」です。株価指数が短時間に一定以上下落した際、取引を一時的に停止し、市場参加者が情報を整理する時間を設ける仕組みです。

米国では1988年、株式、先物、オプション市場をまたいだサーキットブレーカーが導入されました。暴落を完全に防ぐ制度ではありませんが、注文の集中によってシステムや決済が混乱し、価格形成そのものが壊れることを避ける狙いがあります。

ブラックマンデーは、株式の現物市場だけを監視していても、先物やオプションを通じた連鎖を捉えられないことも示しました。現在の市場監視や危機対応で、複数市場の連動が重視される背景には、この経験があります。米国政府監査院も、連結した市場の規制、取引システム、市場参加者へのリスク説明などを改善すべき課題として挙げました。

日本では金融緩和の長期化にも影響しました

日本では、ブラックマンデー後に世界経済を安定させるための政策協調が重視され、金融緩和を続けるよう求める圧力が強まりました。日本銀行は後年、低金利が長期間続くとの認識が広がったことを振り返っています。

日本株は暴落の影響から回復し、その後、株価と地価はさらに上昇しました。ブラックマンデーが日本のバブルを直接生んだと断定することはできませんが、金融引き締めを難しくした国際環境の一つになったと考えられます。

つまり、市場の急落を抑えるための政策が、別の局面では資産価格の過熱を支える可能性もあります。危機対応の効果だけでなく、その後に生じる副作用にも目を向ける必要があります。

不動産投資にも共通する三つの教訓

第一の教訓は、同じ投資行動が集中するリスクです。多くの投資家が「価格が下がったら売る」という同じ基準を持っていれば、下落時に売却が集中します。不動産でも、金利上昇や融資条件の変更をきっかけに、多数の所有者が同時に売却を考える可能性があります。

第二の教訓は、評価額と換金可能額は異なることです。平常時の査定価格で売却できるとは限りません。買い手が減る局面では、値下げしても成約まで時間がかかります。毎月の返済や修繕費に備え、売却を急がなくてもよい手元資金を確保することが重要です。

第三の教訓は、仕組みを理解しないまま「損失を防げる方法」を過信しないことです。変動金利から固定金利への変更、保険、複数物件への分散などは有効な場合がありますが、すべてのリスクを消せるわけではありません。複数の対策が同じ金利や地域需要に依存していないかも確認する必要があります。

まとめ

ブラックマンデーは、一つの企業や一つの経済指標だけが原因となった暴落ではありません。株価の急上昇への警戒、金利や為替への不安、似た取引戦略の集中、現物株と先物の連動、市場インフラの処理能力不足が重なり、売りが売りを呼ぶ事態となりました。

この事件が示したのは、市場価格は企業や資産の価値だけでなく、売買の仕組みと参加者の行動にも左右されるということです。不動産市場でも、買い手の融資環境が変われば、収益力のある物件であっても売却に時間がかかる可能性があります。

価格下落を正確に予測することはできません。しかし、売却を急ぐ必要がない資金計画を作り、他の投資家が一斉に同じ行動を取った場合まで考えることはできます。平常時の価格だけでなく、混乱時にも保有を続けられるかを確認することが、ブラックマンデーから学べる重要な教訓です。

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