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【連載コラム:日本の不動産珍事件簿 第5回】マンションの耐震性が偽装されていた?「姉歯事件」が不動産業界を変えた

2026/08/15
連載

マンションを購入するとき、「建築確認を受けて建てられた建物なら、少なくとも法律上の安全基準はクリアしている」と考える人は多いでしょう。

ところが2005年、その前提を大きく揺るがす問題が発覚しました。

いわゆる「構造計算書偽装問題」、一般には「姉歯事件」「耐震偽装事件」などと呼ばれる問題です。

一級建築士がマンションやホテルなどの構造計算書を偽装していたことが明らかになり、一部の建物では地震に対する安全性が基準を大きく下回っていることが判明しました。

さらに大きな問題となったのは、偽装された書類が建築確認の審査を通過し、実際に建物が建設されていたことです。

「建築確認とは何を確認しているのか」

「完成したマンションの耐震性を、一般の購入者が判断することはできるのか」

「事件後、日本の建築制度はどう変わったのか」

今回は、日本のマンション市場と建築行政に大きな影響を与えた構造計算書偽装問題を振り返りながら、住宅の「見えない安全性」について考えます。

2005年に発覚した「構造計算書偽装問題」

問題が表面化したのは2005年11月です。

国土交通省は同年11月17日、姉歯建築設計事務所による構造計算書の偽装と、その対応について公表しました。

その後の調査によって、問題はマンションだけでなくホテルなどにも広がっていることが判明し、連日のように大きく報道されました。

国土交通省は12月5日、姉歯秀次元一級建築士について、構造計算の際に国土交通大臣認定の構造計算プログラムから出力されたデータを偽装し、建築基準法の構造耐力に関する規定に違反する建築物が建築されることになったとして、警視庁に告発しています。

「設計ミス」ではなく、意図的に構造計算書が書き換えられていたことが、この問題の重大な点でした。

そもそも「構造計算書」とは何なのか

マンションを購入しても、構造計算書を自分で読む人はほとんどいないでしょう。

そもそも一般の人が簡単に理解できる資料ではありません。

建物には常にさまざまな力がかかっています。

建物そのものの重さ。

人や家具などの重さ。

風による力。

そして地震による力です。

特にマンションやビルのような大きな建築物では、地震が発生した際に建物へどのような力が加わり、それに柱や梁などが耐えられるのかを計算する必要があります。

その安全性を設計段階で確認する重要な資料の一つが構造計算書です。

簡単にいえば、

「この建物が想定される力に対して安全であることを、計算によって確認する資料」

と考えると分かりやすいでしょう。

構造計算の結果をもとに、柱や梁の大きさ、鉄筋などの構造が設計されます。

つまり、構造計算の内容そのものが間違っていれば、建物の安全性に直接影響する可能性があります。

なぜ構造計算書を偽装したのか

構造計算書偽装問題では、建物に必要な耐震性能を満たしているように見せるため、計算結果などが改ざんされていました。

ここで注意したいのは、

「鉄筋を減らせば、必ず危険な建物になる」

という単純な話ではないことです。

建築物の構造は、建物の高さや形状、使用する材料、柱や梁の配置など、さまざまな条件を組み合わせて設計します。

重要なのは、必要な構造安全性を満たしているかどうかです。

しかし構造計算そのものを偽装してしまえば、本来必要な安全性を満たしていない設計が、あたかも基準に適合しているように見えてしまいます。

問題発覚後、一部の建物については耐震性が著しく不足していることが確認されました。

国は、特に危険性の高い分譲マンションについて、住民の安全確保や移転、除却、建て替えなどに関する支援策を講じる事態となりました。

「震度5強程度で倒壊のおそれ」とされた建物も

この事件の深刻さを象徴するのが、国土交通省が当時示した対応です。

政府は、保有水平耐力比が0.5未満で、震度5強程度の地震によって倒壊するおそれがあり、耐震改修も困難な分譲マンションなどを対象として、居住者の安全確保や移転、除却、建て替えまでの支援策を講じました。

住宅を購入した人からすれば、これはあまりにも深刻な問題です。

数千万円の住宅ローンを組んで購入したマンションが、

「安全性に問題があるので退去してください」

となる可能性が出てきたからです。

しかも住民自身が違法な改造をしたわけではありません。

完成したマンションを普通に購入しただけです。

このため構造計算書偽装問題は、建築業界だけでなく、マンション購入者や一般消費者にも大きな衝撃を与えました。

なぜ「建築確認」で偽装を見抜けなかったのか?

ここで最も大きな疑問が生まれます。

マンションは、設計者が図面を書いたらそのまま自由に建てられるわけではありません。

建築工事を始める前には、原則として建築確認を受ける必要があります。

建築確認では、計画している建物が建築基準法などの基準に適合しているかが審査されます。

それなら、

「なぜ偽装された構造計算書が審査を通過したのか」

という疑問が出てきます。

実際、構造計算書偽装問題では、この建築確認・検査制度のあり方そのものが大きな問題となりました。

国土交通省は問題発覚後、指定確認検査機関への立入検査や、建築確認・検査事務の緊急点検を実施しています。

つまりこの事件は、一人の建築士による不正だけでなく、

「不正をチェックする仕組みは十分だったのか」

という制度全体の問題へ発展したのです。

建築確認は「住宅の品質保証」とは少し違う

住宅購入者が知っておきたいのが、建築確認の意味です。

「建築確認済み」と聞くと、

「行政などが、この住宅の品質をすべて確認して保証してくれた」

という印象を持つかもしれません。

しかし、建築確認は住宅のあらゆる品質を保証する制度ではありません。

建築計画が建築基準関係規定に適合しているかを確認するための手続きです。

例えば、

「このキッチンは使いやすいか」

「20年後も設備が壊れないか」

「施工が丁寧か」

「資産価値が維持できるか」

といったことまで保証するものではありません。

構造についても、専門的な設計図書や計算書を審査する仕組みである以上、提出される情報と、それを確認する体制が極めて重要になります。

構造計算書偽装問題は、そのチェック体制の弱点を突く形で起きたともいえます。

事件後、建築基準法が改正された

この問題を受け、国は建築物の安全性を確保するための制度改革を進めました。

2006年には「建築物の安全性の確保を図るための建築基準法等の一部を改正する法律」が成立しました。

大きな変更の一つが、

「構造計算適合性判定」

という仕組みです。

一定規模以上などの建築物について、通常の建築確認に加えて、構造計算が適切に行われているかを専門的な立場からチェックする仕組みが導入されました。

簡単にいえば、

「高度な構造計算について、より専門的なチェックを加える」

制度です。

さらに指定確認検査機関に関する制度や罰則なども見直されました。

一つの大事件が、日本の建築確認制度そのものを大きく変えるきっかけとなったのです。

建築士制度も見直された

改革は建築基準法だけではありません。

建築士法についても改正が行われました。

建築物が大型化・複雑化する中では、意匠、構造、設備など、それぞれ高度な専門知識が必要になります。

そのため、一定規模以上の建築物の構造設計などについて、専門資格を持つ建築士が関与する仕組みが整備されました。

現在では「構造設計一級建築士」「設備設計一級建築士」という資格があります。

つまり事件後は、

「誰が設計したのか」

だけでなく、

「その分野について十分な専門性を持つ人が確認しているか」

という方向へ制度が強化されていったのです。

では現在のマンションなら絶対に安心なのか?

制度が強化されたなら、

「今の新築マンションなら絶対に安全」

と考えたくなるかもしれません。

しかし、そこまで断定することはできません。

どれだけ制度を厳しくしても、建築には多くの人が関わります。

設計者。

構造設計者。

施工会社。

工事監理者。

建築確認を行う機関。

デベロッパー。

さまざまなチェックを重ねることで安全性を高めていますが、人が関わる以上、ミスや不正の可能性を完全にゼロにすることは難しいでしょう。

重要なのは、

「事件が起きたから建築業界全体が信用できない」でも、「制度があるから何も確認しなくてよい」でもない

ということです。

制度がどのように安全性を確保しているのかを知り、物件選びでは必要な情報を確認する姿勢が大切です。

中古マンションでは「新耐震・旧耐震」も重要なキーワード

中古マンションを探すときによく聞くのが、

「新耐震基準」

という言葉です。

1981年6月に施行された新しい耐震基準を境に、それ以前の基準は一般に「旧耐震」、それ以降は「新耐震」と呼ばれます。

ただし注意したいのは、

「1981年以降に完成したマンションならすべて新耐震」と単純には判断できない

ことです。

基準が適用されるタイミングでは建築確認の日付などが重要になるため、築年だけで判断するのではなく、必要に応じて確認済証などの資料を見ることが大切です。

また、新耐震だから未来のあらゆる地震で被害が出ないという意味でもありません。

耐震基準は「絶対に壊れない建物」を保証するものではなく、地震時の安全性を確保するための最低基準です。

一般の購入者が構造計算書を読める必要はない

ここまで読むと、

「マンションを買うなら構造計算書まで自分で確認しないといけないのか」

と不安になるかもしれません。

しかし、一般の購入者が何百ページにも及ぶ専門的な資料を読み、構造計算が正しいか判断することは現実的ではありません。

だからこそ建築士や検査機関など、専門家によるチェック制度があります。

購入者にできるのは、構造計算を自分でやり直すことではなく、

・建築確認や検査の状況
・耐震基準
・耐震診断の有無
・住宅性能評価の有無
・過去の修繕履歴
・管理状態

など、判断材料となる情報を確認することです。

特に中古マンションでは、建物が長期間どのように維持されてきたかも重要になります。

耐震性は「建てたとき」だけで決まらない

ここも重要なポイントです。

建物は完成した瞬間から少しずつ年を重ねます。

コンクリート。

鉄筋。

外壁。

防水。

給排水設備。

さまざまな部分が時間とともに劣化していきます。

そのため中古マンションを見る場合、

「新耐震だから大丈夫」

という一言だけで判断するのではなく、

その後どのように管理・修繕されてきたか

も確認する必要があります。

これは第2回の秀和幡ヶ谷レジデンスで扱った「マンションは管理を買え」という話にもつながります。

建物の安全性は、設計時の性能と、その後の維持管理の両方から考える必要があるのです。

「安いマンション」には理由があるかもしれない

中古マンションを検索していると、周辺相場より明らかに安い物件を見つけることがあります。

もちろん、売主が早く売却したい、低層階である、日当たりが弱いなど、理由はさまざまです。

しかし、

「安いからお得」

とすぐ判断するのではなく、

「なぜ安いのか」

を確認することが重要です。

旧耐震である。

借地権である。

修繕積立金が不足している。

大規模修繕を控えている。

管理上の問題がある。

こうした理由によって価格が抑えられている可能性があります。

これは第1回の地面師事件でも触れた考え方と共通します。

不動産では、「相場と違う」ことには何らかの理由がある場合があります。

価格だけを見るのではなく、その理由を理解してから判断することが重要です。

不動産投資でも建物の安全性は収益に関係する

耐震性や建物の安全性は、居住用マンションだけの問題ではありません。

投資用不動産でも重要です。

建物に大きな問題が発覚すれば、

入居者募集。

家賃。

修繕費。

売却価格。

融資。

さまざまな面に影響する可能性があります。

利回りが高く見える物件でも、大規模な耐震改修や修繕が必要になれば、当初想定した収益が変わる可能性があります。

投資物件を見る場合も、

表面上の利回りだけでなく、建物を長期間維持するために必要な費用

を考える必要があります。

姉歯事件が残したもの

構造計算書偽装問題は、非常に大きな社会問題となりました。

しかし、その結果として建築確認制度や建築士制度の見直しが進みました。

現在では、一定の建築物について構造計算適合性判定が行われるなど、当時の問題を踏まえたチェック体制が整備されています。

国土交通省は現在も「構造計算書偽装問題/その後の対応」として、当時の問題や法改正に関する資料を公開しています。

つまり姉歯事件は、単なる「昔のマンション事件」ではありません。

現在のマンションがどのような制度で建てられているのかを考えるうえで、大きな転換点となった事件

なのです。

まとめ

2005年に発覚した構造計算書偽装問題では、一級建築士によってマンションやホテルなどの構造計算書が偽装されていたことが明らかになりました。

一部の建物では耐震性能が大きく不足し、住民の退去や建て替えなどが必要になる深刻な事態へ発展しました。

そして問題は、一人の建築士の不正だけにはとどまりませんでした。

偽装された構造計算書が建築確認を通過していたことから、

「建物の安全性を誰が、どのようにチェックするのか」

という制度そのものが問われることになったのです。

事件後、建築基準法などが改正され、一定の建築物では構造計算について専門的な適合性判定を行う制度が導入されるなど、再発防止策が進められました。

住宅購入者が構造計算書を自分で読み解くことは現実的ではありません。

だからこそ、

耐震基準、建築確認、検査、住宅性能評価、修繕履歴、管理状態

といった複数の情報から建物を見ることが重要です。

マンションの外観や内装は目で見ることができます。

しかし、本当に重要な柱や梁、構造計算、安全性の多くは簡単には見えません。

不動産では「見えない部分」にも価値とリスクがある。

構造計算書偽装問題は、そのことを日本中に強烈に印象付けた事件だったといえるでしょう。

そして最終回も、テーマは建物の「見えない部分」です。

次回取り上げるのは、レオパレス21の施工不備問題。

「隣の部屋との間に、本来必要な壁がなかった」という衝撃的な報道でも知られましたが、実際には何が問題だったのでしょうか。

「図面では正しく設計されていても、現場でその通りにつくられているとは限らない?」

第6回では、レオパレス21施工不備問題から、界壁、施工、検査、そして賃貸住宅の安全性について考えます。

引用元・参考元

  • 国土交通省「構造計算書偽装問題とその対応について」
  • 国土交通省「構造計算書偽装問題/その後の対応(法改正・円滑施行)」
  • 国土交通省「構造計算書の偽装に係る告発について」
  • 国土交通省『平成17年度 国土交通白書』「偽装問題に対する当面の対応」
  • 国土交通省「建築物の安全性の確保を図るための建築基準法等の一部を改正する法律」

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