「隣の部屋との間に、本来あるべき壁がなかった」。
レオパレス21の施工不備問題が大きく報じられた際、こうした衝撃的な表現を目にした人も多いのではないでしょうか。
2018年から2019年にかけて、レオパレス21が施工した一部の共同住宅で、界壁や外壁、天井などに建築基準法上の仕様に適合しない施工が確認され、大規模な調査と改修へ発展しました。国土交通省も関係する特定行政庁へ物件情報を提供し、法令違反の確認や是正指導を求める事態となりました。
しかし、「壁がない」という言葉だけでは、何が問題だったのかを正確に理解できません。
問題となった「界壁」とは何なのか。
なぜ見えない部分の施工不備が多数の建物で発生したのか。
賃貸住宅に住む側は、建物の安全性をどこまで確認できるのか。
連載最終回では、レオパレス21施工不備問題から、住宅の「設計」と「施工」、そして賃貸住宅の安全性について考えます。
施工不備問題は2018年から表面化した
レオパレス21は2018年、同社が施工した共同住宅の一部について、小屋裏部分などの「界壁」に施工上の不備があることを公表しました。
その後、調査対象を広げていく中で、界壁だけでなく、外壁や天井などについても、建築基準法に基づき認められている仕様への不適合が確認されました。
問題は一部の建物だけにはとどまりませんでした。
2019年2月に公表された事案では、同社が確認した1,324棟のうち、641棟について界壁・外壁・天井などの不適合が確認されたと国土交通省が公表しています。複数の不備が同じ建物で重複していたため、項目ごとの棟数を単純に足した数字とは一致しません。
さらに国土交通省によると、2019年3月末時点では、それ以前に公表されていた小屋裏等界壁の不備を含め、特定行政庁から建築基準法違反と認定されたものが2,949棟に達していました。
一つの会社が手掛けた多数の賃貸住宅について、全国規模で調査と改修が必要になる非常に大きな問題となったのです。
「界壁」とは何なのか
この事件で頻繁に登場したのが「界壁」という言葉です。
普段の生活ではほとんど聞きません。
界壁とは、共同住宅などで住戸同士を区切るために設ける壁のことです。
ただし、単に「隣の部屋との間に石こうボードを張ればよい」というものではありません。
共同住宅では、火災が一つの住戸から隣へ急速に広がることを防いだり、生活音が隣室へ伝わることを抑えたりする必要があります。
そのため建築基準法では、一定の共同住宅について、防火や遮音に関する性能を持った界壁を設けることなどが求められてきました。
そして重要なのが、
壁が天井まで見えていれば終わりではない
という点です。
部屋から見える天井のさらに上には、小屋裏などの空間があります。
そこまで必要な壁が到達していないと、表面上は部屋が区切られていても、天井裏で隣の住戸とつながる状態になる場合があります。
これが、当時「壁がない」と衝撃的に表現された問題の背景です。
本当に「隣の部屋との壁が全部なかった」のか
ここは正確に分けて考える必要があります。
報道で使われた「壁がない」という表現から、
「部屋と部屋の間の壁そのものが完全になかった」
と想像する人もいたかもしれません。
しかし問題となった事案には、小屋裏などで界壁が必要な位置まで施工されていないケースや、設計図書・法令上求められる仕様と異なる材料や方法が用いられていたケースなど、複数の種類がありました。
さらに2019年には、界壁に加えて外壁や天井について、国土交通大臣認定を受けた仕様と実際の施工が異なる事案も確認されました。
つまり問題は、
「一枚の壁がある・ない」という単純な話ではなく、建物の見えない部分が、本来求められる仕様どおりにつくられていなかった
ことにありました。
界壁に不備があると何が問題なのか
界壁には重要な役割があります。
まず火災です。
一つの住戸で火災が発生した際、壁や天井裏などを通って火や煙が隣室へ広がることを抑える必要があります。
共同住宅では多数の人が一つの建物で生活しているため、一住戸の火災が建物全体へ広がらないようにすることが重要です。
次に遮音です。
住戸間の壁に必要な性能がなければ、隣室からの生活音が伝わりやすくなる可能性があります。
賃貸住宅では「壁が薄い」「隣の音が聞こえる」といった口コミを見かけることがありますが、音の伝わり方は壁だけでなく床、天井、配管、建物構造など複数の要因によって変わります。
ただし、法令上必要な界壁が適切に施工されていることは、防火・遮音の両面から共同住宅の基本的な安全性・居住性に関わる問題です。
「設計図が正しくても、施工が違えば建物は変わる」
前回の姉歯事件では、「構造計算書」という設計段階の問題を取り上げました。
レオパレス21施工不備問題では、また別の重要な問題が見えてきます。
それが、
設計と施工は別物
ということです。
建築では、まず設計図や仕様書を作ります。
しかし、図面上で正しく設計されていても、実際の工事現場でその通り施工されなければ、完成した建物は設計どおりの性能を持ちません。
例えば図面に、
「ここまで耐火性能のある壁をつくる」
と書いてあったとしても、現場で壁が途中までしか施工されていなければ意味がありません。
指定された材料とは異なる材料を使用した場合も同様です。
つまり住宅品質では、
「どう設計したか」と「実際にどうつくったか」の両方
が重要なのです。
なぜ多数の建物で不備が起きたのか
一部の現場で偶然起きた施工ミスであれば、その現場だけの問題で終わるかもしれません。
しかしレオパレス21問題では、多数の物件で不備が確認されました。
そのため、
「なぜ同じような問題が広範囲で起きたのか」
が大きな論点になりました。
会社が公表した第三者委員会の調査報告では、法令適合性への認識や施工管理、社内体制などについて複数の問題が指摘されました。
国土交通省が公開している調査報告概要でも、商品導入後に特定行政庁から法令適合性に関する指摘があったにもかかわらず十分に受け止めなかったことなど、法令遵守意識の問題が指摘されています。
つまり、
現場の職人一人だけのミスとして説明できる問題ではなかった
ということです。
設計、施工管理、工事監理、商品開発、社内での情報共有など、会社全体の品質管理のあり方が問われることになりました。
「工事監理」は何のためにあるのか
ここで知っておきたいのが「工事監理」です。
建物を建てるとき、図面を作って工事会社へ渡したら終わりではありません。
設計図書どおりに工事が行われているかを確認する仕組みが必要です。
国土交通省もレオパレス21問題を受け、「共同住宅の建築時の品質管理のあり方に関する検討会」を設置し、設計・施工・工事監理などの品質管理について検討しました。
住宅の品質を守るには、
設計者。
施工者。
工事監理者。
検査機関。
建築主。
それぞれが役割を果たす必要があります。
一つのチェックだけですべてのミスを防ぐのではなく、複数の段階で確認することで建物の安全性を高める仕組みになっているのです。
なぜ完成後まで分からなかったのか
施工不備問題で怖いのは、問題となった場所の多くが普段見えない部分だったことです。
壁の内側。
天井裏。
外壁内部。
こうした部分は、建物が完成すると簡単には確認できません。
賃貸物件を内見するとき、入居希望者が見るのは、
キッチン。
浴室。
床。
壁紙。
収納。
日当たり。
といった部分でしょう。
「天井裏の界壁が適切に施工されているか」を確認する人はほぼいません。
そもそも入居者が自分で天井を開けて確認することもできません。
この問題は、
住宅には一般の人が内見しただけでは判断できない品質が数多くある
ことを示しています。
賃貸住宅なら建物の品質を気にしなくてもいい?
住宅を購入する場合は、
「何千万円も払うのだから建物を確認しよう」
という意識を持ちやすいでしょう。
一方、賃貸では、
「嫌なら引っ越せばいい」
と考え、建物そのものの安全性をあまり確認しない人もいます。
しかし、実際にそこで生活するという意味では持ち家も賃貸も同じです。
火災。
地震。
騒音。
避難。
毎日の生活に関わる安全性は、所有しているか借りているかで重要性が変わるわけではありません。
もちろん入居希望者が建物の施工品質をすべて確認することは不可能です。
それでも、
・築年数
・建物構造
・管理状態
・共用部分の状態
・過去の大規模修繕
・行政や貸主から重要な告知が出ていないか
などを確認することはできます。
「築浅だから安心」とも限らない
物件探しでは、
「新しい建物なら安心」
と思いがちです。
確かに、築浅住宅は設備が新しく、現在に近い法令・基準で建てられているというメリットがあります。
しかしレオパレス21問題が示したように、築年数だけで施工品質まで判断することはできません。
反対に、築年数が古くても適切な改修や管理が行われ、良好な状態を保っている住宅もあります。
大切なのは、
築年数という一つの数字だけで安全性を判断しないこと
です。
前回の耐震偽装事件でも、新築だから安心という前提が揺らぎました。
今回も同じです。
住宅の品質には、外から見えない部分があります。
入居中の物件に不備が見つかったらどうなる?
施工不備が見つかれば、そのまま放置してよいわけではありません。
法令上必要な仕様へ適合させるための改修が必要になる場合があります。
しかし、賃貸住宅にはすでに人が住んでいます。
天井や壁を開けて大規模な改修をする場合、入居したまま工事できないこともあります。
そのためレオパレス21は、対象となる入居者や建物所有者と調整しながら、調査・改修や必要に応じた仮住まいの確保などを進めてきたと説明しています。
施工不備は、
「壁を直せば終わり」
という単純な問題ではありません。
入居者の引っ越し。
仮住まい。
家財の移動。
オーナーの賃料収入。
改修工事。
多くの人に影響します。
建物を完成させた後で不具合を直すことが、いかに大きな負担になるかが分かります。
2026年現在、改修はどうなっている?
施工不備問題が大きく報じられてから年月が経過しましたが、対応は長期間続いています。
レオパレス21は現在も専用ページで改修進捗を公表しています。2024年12月末時点では、明らかな不備棟の総戸数17万6,240戸のうち17万5,119戸の調査を完了し、調査完了率は99.4%でした。
また、明らかな不備が判明した7万9,362戸のうち、7万7,196戸について改修などの対応を完了し、対応完了率は97.3%と公表しています。
その後も会社は定期的に改修状況を更新しており、2026年7月にも進捗情報を公表しています。
これは、この問題の規模がどれほど大きかったかを示しています。
発覚から数年で簡単に終わる問題ではなかったのです。
オーナーにとっても施工品質は重大な問題
レオパレス21の物件には賃貸住宅として暮らす入居者だけでなく、建物を所有するオーナーもいます。
施工不備が発覚すれば、
入居者対応。
改修。
空室。
賃料収入。
将来の売却。
建物評価。
さまざまな問題が生じる可能性があります。
不動産投資では、
「想定家賃はいくらか」
「表面利回りは何%か」
という収益面が注目されます。
しかし建物そのものに重大な問題があれば、収益計画の前提が崩れる可能性があります。
物件を長期保有するのであれば、
建物の品質も投資収益を支える重要な要素
だと考える必要があります。
第5回の「耐震偽装」と今回の違い
前回取り上げた姉歯事件と、今回のレオパレス21施工不備問題には共通点があります。
どちらも、完成した建物を外から見ただけでは分からない問題でした。
ただし、問題が生じた段階は異なります。
姉歯事件では、
設計・構造計算の段階で偽装が行われたこと
が中心でした。
レオパレス21問題では、
界壁や外壁、天井などについて、実際の施工が法令上認められた仕様と異なる問題
などが確認されました。
この2つを続けて見ると、住宅の安全には、
「正しく設計する」
だけでも、
「工事する」
だけでも足りないことが分かります。
正しく設計し、その図面や法令に従って正しく施工し、それを適切に確認する。
すべてが必要なのです。
部屋探しでは「見えるところ」だけを見ない
賃貸物件の内見時間は、長くても数十分程度ということがあります。
その中で、
駅から近い。
内装がおしゃれ。
収納が広い。
風呂とトイレが別。
家賃が安い。
といった条件へ目が行くのは当然です。
しかし、それだけで住宅のすべてを判断することはできません。
建物全体の管理状況を見るためには、
エントランス。
廊下。
階段。
ゴミ置き場。
外壁。
掲示板。
避難経路。
なども確認するとよいでしょう。
例えば共用部分が長期間壊れたままになっている場合、管理状況を考える一つの材料になります。
掲示板には、断水工事や消防設備点検、大規模修繕など、建物管理に関する情報が掲示されていることもあります。
室内だけではなく、
「建物全体がどう扱われているか」
を見ることも、部屋探しでは重要です。
不安があるときは管理会社や仲介会社へ質問する
一般の人が壁の中や天井裏まで確認することはできません。
だからこそ、不安に感じることがあれば質問することが大切です。
過去に大きな改修は行われているか。
現在、予定されている工事はあるか。
建物について告知されている問題はないか。
耐震診断は行われているか。
こうした事項について、分かる範囲で管理会社や仲介会社へ確認できます。
すべてのリスクをゼロにすることはできません。
しかし、
「家賃と写真だけで決める」
よりも多くの情報を集めて判断できます。
「安さ」には理由があるかを考える
この連載では何度か触れてきましたが、不動産で重要なのが、
「なぜこの条件なのか」
を考えることです。
周辺より家賃がかなり安い。
同じ築年数なのに売値が低い。
管理費が極端に安い。
こうした違いがあれば、その理由を確認します。
単純にお得な物件かもしれません。
駅から遠いだけかもしれません。
オーナーが早く入居者を決めたいだけかもしれません。
一方で、何らかの事情が価格へ反映されている可能性もあります。
価格差には理由がある。
その理由を理解したうえで、自分にとって問題ないかを判断する。
これは賃貸でも売買でも共通する不動産選びの基本です。
まとめ
レオパレス21施工不備問題では、同社が施工した一部の共同住宅について、界壁、外壁、天井などが建築基準法に基づき認められた仕様へ適合していないことが確認されました。
「壁がない」という強烈な言葉で広く知られましたが、実際の問題はより複雑です。
小屋裏まで必要な界壁が適切に施工されていないケースや、外壁・天井などが認定された仕様と異なるケースなど、建物の見えない部分で複数の不備が確認されました。
そして、この事件が私たちに教えてくれるのは、
住宅の品質は、内見だけですべて確認できるものではない
ということです。
建物には、
設計。
施工。
工事監理。
検査。
管理。
改修。
という長い過程があります。
どこか一つだけが正しければよいわけではありません。
賃貸住宅でも、そこで暮らす以上は建物の安全性が重要です。
物件を探す際には家賃、駅距離、間取りだけでなく、築年数、構造、共用部分、管理状況などにも目を向けたいところです。
不動産投資でも同様に、表面利回りだけでなく、建物を長期間安全に維持できるかを見る必要があります。
今回で「日本の不動産珍事件簿」全6回は終了です。
第1回の地面師事件では「誰から買うのか」。
第2回の秀和幡ヶ谷レジデンスでは「誰が管理するのか」。
第3回のまことちゃんハウスでは「どこまで自由に建てられるのか」。
第4回の国立市マンションでは「地域と景観をどう考えるのか」。
第5回の耐震偽装事件では「正しく設計されているか」。
そして今回のレオパレス21問題では、「正しく施工されているか」を見てきました。
一見すると珍しい事件や騒動ばかりです。
しかし、その背景をたどると、すべて現在の不動産選びにつながっています。
不動産で大切なのは、目に見える物件だけを見ることではありません。
権利、管理、周辺環境、設計、施工。
見えない部分まで含めて考えることが、安心して住まいや不動産を選ぶための重要な視点といえるでしょう。
引用元・参考元
- 国土交通省「(株)レオパレス21が施工した共同住宅における建築基準法に基づき認められている仕様への不適合について」
- 国土交通省「共同住宅における建築基準法に基づき認められている仕様への不適合について」
- 国土交通省「共同住宅の建築時の品質管理のあり方に関する検討会 とりまとめ」
- レオパレス21「当社施工物件における施工不備問題の対応について」
- レオパレス21「施工不備問題に関する調査報告書」
- レオパレス21「当社施工物件の改修進捗状況について」




