住宅を建てるとき、多くの人は「自分の土地なのだから、ある程度は好きな家を建てられる」と考えるでしょう。
外壁の色、屋根の形、窓の大きさ、門や塀のデザイン。もちろん建築基準法や自治体の条例などに従う必要はありますが、注文住宅では所有者の好みを反映できる部分も多くあります。
ところが、そのデザインがあまりにも個性的だったらどうでしょうか。
2000年代後半、東京都武蔵野市吉祥寺に建てられた漫画家・楳図かずおさんの住宅、いわゆる「まことちゃんハウス」は、赤と白のストライプを基調とした外観で大きな注目を集めました。
そして、その外観をめぐって近隣住民との間で訴訟にまで発展します。
「自分の土地に建てる家なら、どんなデザインでも自由なのか」
「近隣住民は、景観を理由に建築や外観の変更を求めることができるのか」
今回は「まことちゃんハウス騒動」から、住宅のデザインと景観、不動産所有者の自由について考えます。
「まことちゃんハウス」とは?
「まことちゃんハウス」とは、漫画『まことちゃん』などで知られる楳図かずおさんが東京都武蔵野市吉祥寺に建てた住宅の通称です。
外観の大きな特徴は、赤と白のストライプです。
楳図さん自身の服装や作品のイメージとも重なる非常に個性的なデザインで、完成前からテレビや雑誌などで広く取り上げられました。
一般的な住宅街では、ベージュ、白、グレー、茶色など落ち着いた色の外壁が多く使われます。
その中に赤白ボーダーの住宅が建てば、良くも悪くも目立ちます。
「面白い家だ」と好意的に見る人がいる一方で、近隣住民の一部からは、住宅街の景観を損なうとの声が上がりました。
そして問題は、単なる近隣住民同士の意見の違いでは終わりませんでした。
近隣住民が工事差し止めなどを求めた
2007年、近隣住民らが住宅建築について工事差し止めを求める仮処分を申し立てたことが報じられました。
その後、建物が完成したあとには、外壁の撤去などを求める民事訴訟へ発展します。
住民側は、赤白ストライプの外観などによって周辺の景観が損なわれ、精神的な苦痛を受けたなどと主張したと報じられています。
ここで争点となったのが、
「景観を守る利益は、法律上どこまで保護されるのか」
という問題です。
誰かの家が気に入らないからといって、当然に建築を止められるわけではありません。
しかし、街並みや景観が法律上まったく無視されるわけでもありません。
この二つの間で、どこに線を引くのかが問題になりました。
裁判所は住民側の請求を退けた
2009年1月、東京地方裁判所は近隣住民側の請求を棄却しました。
報道によると、裁判所は、赤白の外壁について近隣住民が不快に感じることがあるとしても、平穏な生活を受忍限度を超えて侵害するものではないなどと判断しました。
つまり、
「派手で目立つ住宅だからといって、それだけで違法になるわけではない」
という結論です。
この判断は、住宅所有者にとって非常に興味深いものです。
自分の土地に、法律や条例に違反しない範囲で個性的な住宅を建てること自体は、基本的には認められる余地が大きいということだからです。
ただし、だからといって「好きなものを何でも建ててよい」という意味ではありません。
景観にも法律上守られる価値がある
日本では、景観に関するルールがまったくないわけではありません。
2004年には景観法が制定され、自治体が景観計画を定めたり、建物の色彩や高さ、形態などについて一定の基準を設けたりできるようになりました。
例えば、歴史的な街並みが残る地域や観光地では、
・外壁の色
・屋根の形
・建物の高さ
・看板のデザイン
などに制限が設けられることがあります。
つまり、
「土地を所有しているから、建物の外観も完全に自由」
とは限りません。
その地域に景観条例や地区計画などがある場合は、それらのルールに従う必要があります。
まことちゃんハウスのケースでは、裁判所が住民側の主張を認めませんでしたが、地域によっては行政上のルールによって建物デザインに制限がかかることがあります。
住宅購入前には、用途地域や建ぺい率だけでなく、こうした景観ルールも確認する必要があります。
「景観利益」とは何か
裁判で注目された言葉の一つが「景観利益」です。
景観利益とは、簡単にいえば、
良好な景観の中で生活することから得られる利益
を指します。
例えば、歴史ある街並みや美しい山並み、統一された住宅街などがある地域で生活している人にとって、その景観は生活環境の一部です。
もし突然、周囲と大きく異なる巨大な建物が建ったり、景観を著しく損ねる施設が造られたりすれば、住環境が変化したと感じるかもしれません。
ただし、景観は非常に主観的な要素でもあります。
ある人にとって「美しい街並み」でも、別の人にとっては「単調な住宅街」に見えるかもしれません。
そのため、単に「気に入らない」「派手すぎる」というだけで法的な権利侵害が認められるわけではありません。
周辺地域の景観にどの程度の価値が認められているのか、行政によるルールがあるのか、建物によってどの程度の影響が生じているのかなど、さまざまな事情を考慮する必要があります。
「法律に違反していない」と「近隣とうまく暮らせる」は別問題
不動産で非常に重要なのが、
法律上問題がないことと、近隣住民との関係が良好であることは別
という点です。
建築基準法や景観条例に違反していなければ、建物を建てること自体は可能かもしれません。
しかし、その住宅に何十年も住むのであれば、近隣住民とも長く付き合うことになります。
例えば、
・境界付近の塀
・窓の位置
・日当たり
・騒音
・駐車場
・植木
・外壁
・工事車両
など、住宅建築ではさまざまな点が近隣関係に影響します。
法律上は問題がなくても、説明が不足していたり、工事中の配慮が足りなかったりすれば、トラブルにつながる場合があります。
注文住宅を建てるときには、設計だけでなく「近隣との関係」も不動産リスクの一つと考えた方がよいでしょう。
住宅の外観は資産価値にも影響する?
ここで不動産として考えてみましょう。
個性的な住宅は、所有者本人にとっては理想の家でも、将来売却するときには評価が分かれる可能性があります。
例えば、一般的な白い外壁の住宅であれば、多くの購入希望者が自分の生活をイメージしやすいでしょう。
一方、非常に個性的なデザインの場合、
「この家だから欲しい」
という強いファンが現れる可能性がある一方、
「自分には合わない」
と考える人も増えるかもしれません。
つまり、不動産として見ると、
個性が強いほど、買い手の幅が狭くなる可能性がある
ということです。
ただし、唯一無二のデザインや有名建築家による設計などが、逆にブランド価値になるケースもあります。
「普通であること」が必ずしも資産価値を高めるわけではありません。
重要なのは、その建物の個性を評価する市場があるかどうかです。
注文住宅では「自分好み」と「将来売れる家」のバランスも重要
注文住宅の大きな魅力は、自分の好みに合わせて家をつくれることです。
間取り、素材、設備、外観などを自由に決められます。
しかし、将来売却する可能性がある場合には、
「自分にとって最高の家」
と
「他の人にも使いやすい家」
のバランスを考えることも大切です。
例えば、
極端に小さい寝室、特殊な間取り、非常に派手な内外装、用途が限定される設備
などは、本人には理想的でも次の購入者には使いにくい場合があります。
住宅を「一生住む場所」と考えるなら、自分の好みを最優先してもよいでしょう。
一方、転勤、相続、家族構成の変化などによって将来売却する可能性があるなら、
「第三者がこの家を見たとき、どう感じるか」
という視点も持っておきたいところです。
建物だけでなく街並みも不動産価値をつくる
住宅の価値を考えるとき、多くの人は土地と建物だけを見ます。
しかし実際には、周辺の街並みも物件の魅力を左右します。
例えば、
・統一された住宅街
・緑が多い街
・電線が地中化された地域
・歴史的建築が残る街
・落ち着いた低層住宅地
などは、地域全体のブランドにつながることがあります。
そのため自治体や住民が景観を守ろうとすること自体には、不動産価値を維持する側面もあります。
一方で、ルールが厳しすぎれば、建物を自由に建て替えたり活用したりすることが難しくなる場合もあります。
景観を守ることと、所有者が土地を利用する自由。
不動産ではこの二つのバランスが常に問題になります。
土地を買う前に「景観条例」まで調べる人は少ない
土地購入では、通常、
・用途地域
・建ぺい率
・容積率
・接道
・高さ制限
などを確認します。
しかし、それに加えてチェックしたいのが、
・景観計画
・地区計画
・建築協定
・風致地区
・自治体独自の条例
などです。
これらのルールによって、
「好きな色の外壁にできない」
「屋根の形が指定されている」
「一定以上の高さにできない」
といった制約がある場合があります。
観光地や高級住宅街だけの話ではありません。
東京都内でも地区ごとにさまざまなルールが設けられています。
「土地を買ったあとで、想像していた家が建てられない」とならないよう、購入前の確認が重要です。
近隣住民とのトラブルは売却時にも影響する可能性がある
不動産では、建物や土地そのものだけでなく、周囲との関係が問題になることがあります。
長期間にわたる近隣トラブルが存在している場合、売却時に買主が不安を感じる可能性もあります。
例えば、
境界をめぐる争い、騒音問題、私道利用、越境、樹木、駐車などです。
こうした問題は物件情報の写真だけでは分かりません。
そのため戸建てや土地を購入するときには、現地を昼だけでなく夜や休日にも確認することが役立つ場合があります。
周囲の住宅や道路の使われ方、騒音、交通量なども見ておくとよいでしょう。
まことちゃんハウス騒動は非常に特殊なケースですが、
「住宅は敷地の中だけで完結するものではない」
という点では、一般の不動産購入にも通じています。
「珍しい家」が街の名物になることもある
一方、個性的な住宅には別の面もあります。
まことちゃんハウスは大きな話題となり、住宅そのものが広く知られる存在になりました。
変わった建物が地域のランドマークになることは珍しくありません。
世界を見ても、個性的な住宅や建築物が観光資源になっている例は数多くあります。
つまり、奇抜な建物だからといって、
「街の価値を必ず下げる」
とは限りません。
その建物を魅力と感じる人もいれば、不快に感じる人もいる。
建築と景観の問題が難しいのは、価値観が一つではないからです。
まとめ
楳図かずおさんの「まことちゃんハウス」をめぐる騒動では、赤白ストライプの住宅外観が周辺景観を損なうとして、近隣住民との間で訴訟にまで発展しました。
2009年、東京地方裁判所は住民側の請求を退け、外観について不快感があったとしても、受忍限度を超えて生活を侵害するものではないなどと判断しました。
この騒動から学べるのは、
「自分の土地だから完全に自由」でもなければ、「近隣が嫌がれば建てられない」でもない
ということです。
住宅を建てる際には、建築基準法だけでなく、景観条例や地区計画など、地域ごとのルールを確認する必要があります。
そして法律上問題がなくても、長くその場所で暮らすのであれば、近隣との関係も重要です。
さらに、非常に個性的な住宅は、将来売却するときに買い手を選ぶ可能性があります。
住宅は自分の生活の場であると同時に、街並みの一部でもあります。
「自分らしい家」と「周囲との調和」をどこで両立させるのか。
まことちゃんハウス騒動は、住宅を所有する自由と街の景観について考えさせる、非常に興味深い不動産事件だったといえるでしょう。
そして次回も、テーマは「景観」です。
ただし舞台は一戸建てではなく、東京都国立市のマンション開発。
ほぼ完成していた新築マンションが、引き渡し直前になって解体されるという異例の事態が起きました。
「法律上建てられるマンションでも、完成後に取り壊すことがあるのか?」
第4回では、富士山の眺望をめぐって大きな話題となった国立市のマンション解体騒動から、不動産開発と景観、地域住民との関係について考えます。
引用元・参考元
- J-CASTニュース「楳図かずおさん『まことちゃんハウス』訴訟、住民側の請求棄却」
- 景観法(e-Gov法令検索)
- 国土交通省「景観法について」
- 武蔵野市「景観・まちづくりに関する情報」
- 各種報道「まことちゃんハウスをめぐる近隣住民との訴訟」


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