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総合的な魅力を兼ね備えた街「日本橋」

2020/04/28
2023/03/10
不動産投資コラム

失われた活気から再生を遂げた「日本橋」

日本橋とは一体どんなエリアかご存じでしょうか?
江戸時代まで歴史を辿ると、幕府開府とともに城下町として急成長を遂げたのが、この地域です。

当時は120万人もの人々がこのエリアで生活をし、地域のシンボルでもある「日本橋」を中心に商人や職人が集まることで比類ない繁華街として発展しました。

しかし、1923年の関東大震災によって魚市場が築地へと移転、1945年の東京大空襲をきっかけに日本橋に住んでいた住民が郊外へ移住。
バブル崩壊と共に一定期間、日本橋の活気は失われていきました。

そんな中、2004年からは三井不動産による日本橋再生計画がスタートし、古き良き文化を残しつつ、新しい文化を取り入れた街に変貌していったことで、日本橋は住む場所としても、観光地としても人気のエリアへと生まれ変わりました。

それでは日本橋はどのようにして復興していったのでしょうか?

日本橋のこれまでの再生とこれからの再生

まず日本橋再生計画の皮切りとして、2004年に「COREDO日本橋」が開業しました。
当時この商業施設について書かれた記事を見てみると、以下のように書かれていました。

『3月30日、日本橋1丁目ビルに商業ビル「コレド日本橋」が開業した。

この土地は、平成11年1月末に東急百貨店日本橋店が閉鎖した場所である。地元では、コレド日本橋の開業で、日本橋の再興に弾みがつくことを期待している。
日本橋は金融の中心地であるがゆえに、バブル崩壊後の日本経済の低迷を象徴するように地盤沈下した。

日本橋のまちは再興するか、都市再生のモデルケースとして注目が集まっている。』
(参照:日本総研 コラム「研究員のココロ」)

日本橋はバブル崩壊後、活気を失った他の都市の再生計画も進む中で、復興のモデルケース、先駆けとして注目されていたのです。

「COREDO日本橋」に続いて2004年10月には「三越本店新館」が竣工、翌2005年には日本橋のランドマークとなる「日本橋三井タワー」が竣工し、歴史的な建造物だけでなく近代的なオフィスビル、ショップ、カフェも立ち並んでいくことで、総合的な魅力を持つエリアへと発展することができました。

そして、この再生計画は現在竣工中のものだけでなく、2020年以降に竣工予定のものも多数あり、例えば2025年には49階建てのオフィスビル、2032年には36階建てのオフィス・ライフサイエンス産業新施設の竣工が予定されているため、今後もまだまだ開発が進み、働く世代が集まる地区と言えるでしょう。

人口の推移を見ても、2009年以降の10年間で約12,000人増加、特に単身世帯は人口の65.9%、64歳以下が人口の約87%を占めているため、働く一人暮らしの人が多く生活をしているエリアであることが分かります。

常に最先端を行く日本橋に注目

日本橋は一昔前から、大企業や老舗店、住宅街が入り混じる多様性に満ちた街です。

更地からの開発ではなく、歴史的な建造物を残したままに近代的な建設が進み、企業だけでなく、大学、NPOなど、多様な主体が参加する場所となったため、住む人、働く人、観光する人それぞれを惹きつける魅力ある街へと変遷を遂げました。

後も開発の最先端を行くエリアとして人々の注目を集め、都内で働く単身者の賃貸需要が絶えない場所として目が離せないでしょう。

>『単身世帯が65%を占める日本橋の人気物件』

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