「ほぼ完成していた新築マンションを、引き渡し直前になって解体する」。
通常の不動産開発では、ほとんど考えられない出来事です。
2024年、東京都国立市で建設されていた分譲マンション「グランドメゾン国立富士見通り」が、完成目前で事業中止となりました。
理由として大きく注目されたのが、富士見通りから見える富士山の眺望です。
事業主の積水ハウスは、現地の景観への影響を改めて確認した結果、「現況は景観に著しい影響があると言わざるを得ない」として、富士山の眺望を優先し、自主的に事業を中止すると公表しました。
建物に重大な構造上の欠陥が見つかったわけでも、違法建築だったから強制的に取り壊されたわけでもありません。
それでも、完成間近のマンションを解体するという異例の決断が行われたのです。
今回は国立市のマンション解体騒動から、「法律上建てられる建物なら問題ないのか」「街の景観は誰のものなのか」、そして不動産開発で地域との関係がなぜ重要なのかを考えます。
問題となった「グランドメゾン国立富士見通り」
問題となったのは、東京都国立市に建設されていた「グランドメゾン国立富士見通り」です。
積水ハウスが手掛ける分譲マンションで、地上10階建て、総戸数18戸の計画でした。
場所はJR国立駅から南西方向へ伸びる富士見通り沿いです。
富士見通りという名前の通り、この道路からは遠くに富士山を望むことができます。
街路の先に富士山が見える景観は、地域住民に長く親しまれてきました。
マンション自体も、その景観を意識した場所に建設されていました。
ところが、建物が立ち上がってくると、富士見通りから見える富士山の一部がマンションによって遮られることが明確になっていきます。
近隣住民からは、計画段階から眺望への影響を懸念する声が上がっていました。
当初は11階建てだった計画が10階建てへ
このマンションは、当初から現在の規模だったわけではありません。
報道によると、当初は11階建てとして計画されていました。
しかし、周辺住民などから富士山の眺望への影響を懸念する意見が出たことなどを受け、建物の高さを抑えるため10階建てへ変更されました。
つまり事業者側も、景観問題をまったく認識していなかったわけではありません。
一定の配慮をしたうえで工事を進めていたのです。
それでも建物が実際に完成に近づき、富士見通りから見た姿が現実のものになると、事業者側は改めて景観への影響を問題視しました。
そして2024年6月、積水ハウスは事業を中止することを決定します。
引き渡しは同年7月に予定されていたとされ、まさに完成直前での判断でした。
積水ハウスは「景観への著しい影響」を認めた
積水ハウスは2024年6月11日、事業中止について公式に説明しました。
同社は、計画段階から周辺住民や行政との意見交換を行い、高さを抑えるなどの対応をしてきたとしています。
しかし、完成に近づいた現地を確認した結果、富士見通りからの富士山の眺望への検討が不足していたと認識したと説明しました。
そして、
現況は景観に著しい影響があると言わざるを得ない
と判断し、富士見通りからの眺望を優先して事業を中止したのです。
この点は非常に重要です。
行政から「違法だから壊しなさい」と命令されたわけではありません。
事業主が自主的に、
「この建物をこのまま残すべきではない」
と判断したのです。
不動産業界でも極めて珍しい事例といえるでしょう。
「法律上建てられる」と「地域に受け入れられる」は同じではない
この問題で最も興味深いのが、
法律上建築可能であることと、その建物が地域に受け入れられることは同じではない
という点です。
建物を建てる際には、用途地域、建ぺい率、容積率、高さ制限、斜線制限など、さまざまなルールがあります。
建築確認を取得し、これらの法令に適合していれば、基本的には建設を進めることができます。
しかし、不動産開発には法律だけでは測れない要素もあります。
その代表が景観です。
道路の先に見える山。
昔から続く並木道。
街並みの高さ。
歴史的な建築物。
これらは土地の所有者だけのものではなく、地域全体の価値として認識されている場合があります。
法律に違反していなくても、それを大きく変える建物が建てば、地域住民から反発が起きることがあります。
国立市のマンション問題は、この難しさを象徴する事例でした。
なぜ国立市では景観が特に重要なのか
国立市は、東京都内でも景観への意識が比較的高い街として知られています。
国立駅から南へ伸びる大学通りには並木が続き、一橋大学をはじめとする教育施設が集まっています。
計画的に形成された街並みそのものが、国立という地域のイメージをつくっています。
また、国立市では過去にもマンション建設をめぐる景観訴訟が起きています。
2000年代初頭には、大学通り沿いに建設された高層マンションをめぐり、住民などが景観への影響を主張して訴訟を起こしました。
国土交通省の資料でも、この訴訟では良好な景観を維持する利益が法的に保護され得るかが大きな論点になったことが紹介されています。
つまり今回の富士見通り問題は、まったく何もない場所に突然起きたわけではありません。
国立市には以前から、
「街の景観をどう守るか」
というテーマが存在していたのです。
前回の「まことちゃんハウス」と何が違う?
前回取り上げた楳図かずおさんの「まことちゃんハウス」も、景観をめぐって訴訟になった事例でした。
しかし、二つの事件は結論が大きく異なります。
まことちゃんハウスでは、赤白ボーダーの住宅について近隣住民が景観侵害などを主張しましたが、裁判所は住民側の請求を退けました。
一方、国立市のマンションでは、裁判所や行政が解体を命じたわけではないものの、事業者自身が「景観に著しい影響がある」と判断して事業を中止しました。
つまり、
第3回は「所有者の自由がどこまで認められるか」
だったのに対し、
第4回は「法律上可能でも、事業者が社会的な影響を考えて撤退することがある」
という話です。
景観問題には、法律だけでは答えが出ないケースがあることが分かります。
完成直前の解体はどれほど異例なのか
マンション開発には非常に大きなお金がかかります。
土地取得費、設計費、建築費、広告費、販売費など、多額の資金を投入して事業を進めます。
完成直前であれば、その大部分はすでに支出されています。
さらに分譲マンションの場合、購入契約を結んでいる人がいる可能性もあります。
その段階で事業を中止すれば、
・建物の解体費
・土地取得費
・工事費
・販売関連費用
・購入者への対応
など、非常に大きな負担が発生します。
通常の企業経営で考えれば、簡単に決断できることではありません。
それでも積水ハウスは事業を中止しました。
この判断が社会的に大きな驚きを持って受け止められたのは、そのためです。
景観は不動産の「価格」に影響する
景観は感覚的な話に見えますが、不動産価値とも深く関係しています。
例えば、
富士山が見える住宅。
海が見えるマンション。
東京タワーが見える部屋。
公園を望める住宅。
こうした眺望は、物件価格を高める要素になる場合があります。
同じマンションでも、眺望のよい部屋とそうでない部屋で価格差が付くことは珍しくありません。
つまり、
「景観は見るだけのもの」ではなく、不動産価値の一部でもある
ということです。
そして一棟のマンションを建てることで、周辺住宅の眺望が変わることがあります。
新しい建物自体には価値が生まれる一方、既存住宅から見えていた景色が失われる可能性もあります。
都市開発では、こうした利益と不利益が同時に発生します。
「富士山が見える」は永遠に保証されるのか?
住宅広告には、
「富士山を望む」
「東京タワービュー」
「スカイツリーを一望」
といった表現が使われることがあります。
しかし、ここで注意したい点があります。
現在見えている景色が、将来も永久に見えるとは限りません。
目の前の土地に新しいマンションが建つかもしれません。
古い戸建てが高層住宅へ建て替えられるかもしれません。
再開発が行われる可能性もあります。
そのため住宅購入時には、
「現在の眺望」と「将来も守られる眺望」を分けて考える
必要があります。
周辺の用途地域、高さ制限、地区計画、空き地、老朽建物などを確認すると、将来どの程度の建物が建つ可能性があるかをある程度想像できます。
ただし、それでも将来の景観を完全に保証することは難しいでしょう。
眺望だけを理由に高額なプレミアムを払う場合には、その点を理解しておく必要があります。
デベロッパーにとって「地域との対話」はなぜ重要なのか
マンション開発では、法律に適合することは最低条件です。
しかし大規模な建物ほど、周辺地域へさまざまな影響を与えます。
例えば、
・日当たり
・眺望
・交通量
・工事車両
・騒音
・風
・人口増加
などです。
近隣住民から反対意見が出た場合、事業者は説明会などを通じて計画内容を説明することがあります。
もちろん、すべての住民の希望を満たすことはできません。
「何も建ててほしくない」という意見だけで都市開発を止め続ければ、老朽化した街を更新することもできなくなります。
一方で、地域からの懸念を軽視すれば、長期的な企業ブランドや住民との関係に影響する可能性があります。
国立市の事例は、
不動産開発が土地の中だけで完結するビジネスではない
ことを改めて示しました。
マンションを買う側にも「周辺の開発」を見る視点が必要
この問題は、マンションを建てる側だけの話ではありません。
購入する側にも関係があります。
モデルルームを見学すると、どうしても室内設備に目が向きます。
キッチン。
浴室。
収納。
床暖房。
眺望。
しかし、購入後の環境を考えるなら周辺も確認する必要があります。
例えば、
・目の前に大きな空き地がないか
・古い低層建物が並んでいないか
・周辺の用途地域は何か
・どの程度の高さの建物を建てられるのか
・再開発計画はないか
といった点です。
現在、目の前が駐車場だから日当たりがよいとしても、数年後にマンションが建つ可能性があります。
「今何があるか」だけではなく、「将来何が建てられる土地なのか」
を見ることが重要です。
不動産投資でも眺望プレミアムを過信しない
不動産投資でも同じです。
眺望のよい部屋は入居者から人気が集まり、家賃が高く設定できる場合があります。
しかし、その眺望が周辺開発によって失われれば、物件の魅力が変化する可能性があります。
特に、
「東京タワーが見える」
「花火大会が見える」
「富士山が見える」
など、特定の眺望が家賃や価格へ大きく反映されている物件では、周辺の建築計画を確認することが重要です。
不動産投資では、
現在の魅力が将来も続くか
という視点が欠かせません。
国立市マンション問題から学べること
今回の騒動から学べるのは、
「景観を守るべき」
という単純な話だけではありません。
重要なのは、
不動産には法律で測れる価値と、法律だけでは測れない価値がある
ということです。
建物の高さは数字で測れます。
容積率も計算できます。
土地の価格も査定できます。
しかし、
「この通りから見える富士山を地域がどれだけ大切にしているか」
という価値は、簡単に数字にはできません。
それでも、その価値を無視すると不動産事業そのものが成立しなくなることがあります。
国立市のマンション解体は、そのことを非常に分かりやすく示した事例といえるでしょう。
まとめ
2024年、東京都国立市で完成間近だった「グランドメゾン国立富士見通り」が、引き渡し直前に事業中止となりました。
積水ハウスは、富士見通りからの富士山の眺望について検討が不足していたとし、現況は景観に著しい影響があるとして、自主的に解体を決定しました。
重要なのは、この建物が単純に「違法だったから壊された」のではないという点です。
法律上建築できることと、地域にとって望ましい建物であることは必ずしも同じではありません。
不動産開発では、
法令、事業性、住環境、景観、地域との関係
を同時に考える必要があります。
また住宅を購入する側にとっても、景観は他人事ではありません。
現在の眺望が将来も続くとは限らないため、周辺の用途地域や建築可能性を見ることが大切です。
前回の「まことちゃんハウス」では、個人住宅のデザインと景観を取り上げました。
今回の国立市では、マンション開発と街全体の景観が問題になりました。
どちらにも共通するのは、
「不動産は所有する土地の中だけで完結するものではない」
ということです。
建物は街の一部になり、周囲の人から毎日見られ、地域の環境にも影響します。
国立市の完成間近マンション解体騒動は、不動産の価値を考えるうえで「景観」という数字では測りにくい要素が、時に非常に大きな意味を持つことを示した珍しい事例だったといえるでしょう。
次回は、景観から建物の「安全性」へテーマを移します。
2005年、日本中を驚かせたのが、マンションやホテルの構造計算書が偽装されていた「耐震偽装事件」です。
「建築確認を通ったマンションなら、安全性は保証されているのではないか?」
第5回では、いわゆる姉歯事件から、構造計算、建築確認、マンション購入者が安全性をどこまで確認できるのかについて考えます。
引用元・参考元
- 積水ハウス「分譲マンション『グランドメゾン国立富士見通り』の事業中止について」
- 国立市「景観まちづくり」
- 国土交通省「景観法・景観まちづくりに関する資料」
- 国土交通省「国立市マンション訴訟と景観利益に関する資料」
- テレビ朝日系報道「国立市・完成直前マンション解体をめぐる報道」
- 週刊金曜日「国立市のマンション解体をめぐる報道」




